散らないサクラ
「はっ、イケメンになったな、お前」
「あはっ、いてて、もとからだっつーの」
笑っても痛みのほうが強いのか、歪んだ顔が此方を見る。
両目は赤く腫れあがり、口の両端はぱっくりと裂け、どこもかしこも血だらけの姿。
番犬と最後に戦った日を思い出し、ふっと笑みが溢れる。
あの時と今じゃ、心構えも関係も何もかも変わっている。
その状況が可笑しくて、そんでいてあったけぇ。
番犬に向かってすっと手を差し出した。
「…………」
腫れ上がった瞳がその手を見つめ、そしてへにゃっとだらしない笑みを作る。
力の入ってない番犬の手が此方に伸ばされ、それを俺が握る。
ぐっと力を入れて番犬の身体を持ち上げるが、どちら共の身体が悲鳴を上げる。
「……っ、ってぇ」
「は、ァ、糞が、力入れろよ」
「はぁ? 獅子が手を差し出したんだから、俺を支えるぐらいしてよね」
この屑野郎、今すぐ手を離してやろうか、と本気で考える。
だが満身創痍はお互い様だ。
軋む体の節々に力を入れて番犬の上半身を起こす。
「がは、ごほげほっ、あー……、痛い」
咳と共に口の中に溜まっていたのだろう、血が飛び散る。
そんな惨状に比べ、番犬の顔は穏やかで、暖色の瞳はおもむろに鉛色の空を見上げた。
そして暫くの沈黙後、声を発したのは番犬だった。
「獅子ィ、なんかこれを逃したら一生伝えないと思うし、今だから言えそうな感じするし、言うね?」
空に向けられていた瞳が、優しい色をしたそれが、逸らすことなく俺を射る。
「色々と、ごめん。そんで、今までありがとう。獅子との喧嘩、凄い楽しかった」
番犬の声か、と疑いたくなるほど芯を持ったどっしりとした音だった。
冗談めかした言い方も、間伸びした緩い語尾もない。