散らないサクラ
まだ動けたのだろう、仏の一人がナイフを片手に一直線に向かっている。
衰弱しているのにも関わらず、仏の瞳は屈することのない憎しみに満ちた色を醸し出す。
唇は強く結ばれ、凶器を持っている両手は強く握りしめている所為だろう、白くなっている。
ギラギラと悪意むき出しの凶器。
その矛先は――――番犬。
――――『他の奴らもそうだよ。ハデスやケルベロスに仲間をやられ、恨みを持ってる』
大山の言葉が脳内に再生され、そして危険信号と警報を鳴らす。
仏が渾身の力を振り絞り走り出すのと、俺が弥生の横を擦りぬけるのは同時だった。
先を読まず、頭より先に身体が動く。
見開いた弥生の顔を横目に、背中から冷や汗が流れ出した。
心臓が大量の血液を体中に押し出す。
「獅子!?」
鬼の形相で向かっていく様に気づき、番犬が驚きの表情と声を発する。
逃げろ、と声にする時間さえ惜しい。
その時、自分でも何を考えているんだか、説明もできねえ。
ただこいつを、番犬を守らなきゃなんねえ、って思いただそれだけだったように思える。
こいつは“ダチ”だから。
俺は驚いた表情の番犬の腕を引っ張り、出来る限りの力で投げ飛ばす。
ビキビキッ、あばら骨に激痛が走る。
痛みと、番犬を突き飛ばせた事に安堵の息を漏らした、その瞬間。
――――――グチュゥッ!
「ガッァッ――――!!」
音が、聞こえなくなる。