散らないサクラ
幾分が落ち着いた2人の前で止まると、小さく会釈する。
「……佐倉弥生さんですか」
低音が尋ねる。
「……はい」
鼻声が告げる。
男は弥生なのだと確認すると、柔らかな笑みを見せた。
「初めまして、いつもお世話になっています。私は獅堂秋羽の父、獅堂和葉(しどうかずは)です」
ぴくり、と弥生の身体が反応する。
身体が自然と正され、リョウの支えを受けながら立ち上がる。
「貴方が、秋羽の」
頼りない声がそれでもはっきりと廊下に響く。
秋羽の父、和葉はおもむろに頭を下げる。
深く、深く、そして長く。
突然の事に驚きながらも、弥生はその動作一つ一つを逃さまいと追った。
下げられた頭が上がった。
その顔は小さく笑みが添えられ、何処か安堵した印象も取れる。
「……先日、何年も顔も合わさない、声も聞かなかった息子から連絡が来ました。“今まで好き勝手にして申し訳なかった、迷惑を掛けて悪かった”、と」
『きっと、俺が自由に出来ていたのもアンタの後ろ盾があったからだ。……高校にしても、喧嘩して起こした警察騒ぎにしても。アンタ……、いや、親父は俺を守ってくれていたんだと思う』
「母親を亡くし、私は仕事に掛かりきりで息子には何一つしてやれた記憶はありません。……そんな中で、息子はいつの間にか大人に変わっていた。自分自身が酷く恥ずかしく思いました。それと同時に成長を嬉しくも思いました。……情けない話、涙も出た」
和葉は苦い顔を見せ、そして同時に慈しむ様な表情を出す。