散らないサクラ
「……十分か?」
臍の右横、縦に入った一本の痕。
俺があの人を忘れないように、この傷も存在を示す。
佐倉はじっと、その傷を見つめ、ベッドの端から腰を上げた。
足音を立てず近寄って来たかと思うと、手を伸ばしその傷をすっと撫でる。
ぴくり、と体が震える。
「…………」
この傷を人に触れさせた事はなかった。
触れさせることで、俺の大事なものに触れている気がしたからだ。
だけど、なんだ、この感覚は。
触られたのに不快感も、拒絶も感じさせない。
優しく慈しむように触れられて、俺はじっとその指を目で追うことしかできなかった。
「アンタのお母さん、本当にアンタを殺そうとは思ってなかったね」
「……なに?」
薄く開かれた口からは優しい声色。
「切腹って知ってるよね? あれは死ぬために切るから横に深く刀を入れるんだよ」
こうやってね、と佐倉の指が俺の腹を横に撫でる。