散らないサクラ
「……誰かが、俺を呼んでる?」
ゆっくりと瞳を開ければ、男は瞳を閉じたまま笑った。
「そうだ、秋羽。お前を呼んでいる人間がいる」
“呼んでいる”、誰が?
脳味噌を回転させても人物が出てこない。
『負けんな、秋』
でも、懐かしい。
心地よい音。
霧が掛かったように物事も人物もはっきりしてこない中で、細胞や感覚が叫ぶ。
この音は、声はとても大事な物なのだと。
『……秋さん!』
心臓に火を付けられた様にぼうっと熱くなる。
根底にある確固たる想いに引火し熱が広がっていく。
『獅子、くだばるなよ』
つい悪態を付きたくなるような、生意気な声。
どくり、心臓が跳ね上がり真っ赤な血液が体に循環していくのを感じる。
知っている。
俺は、この声を、温度を、愛しさを知っている。
――――俺は。
「帰らなきゃならねえ」
漠然と、それだけがある。