散らないサクラ
桜の花びらは俺の身体を包み込むように舞う。
手を伸ばしそれに触れると、弾けるように弥生との思い出が溢れ出す。
会いたい、あって抱きしめたい。
そして謝りたい。
泣かせちまってごめん、無事で帰るとか言いながら無様な姿を晒しちまってごめん。
殴られる覚悟で、今からお前に会いに行くから。
最後には情けねえ男だってつって、いつもみたいに笑ってくれよ。
ふわっと、眠る前の意識が舞う感覚に、両手を見れば薄らと透けている。
驚くべき状況なのに妙に冷静でいる俺に、目の前の男は笑った。
「お、さすがにもう驚かないか。……お別れだ、秋羽」
すっと、男が手を差し伸べる。
骨ばった男の手を握る。
「感謝してる。アンタがいなければ、俺はあの扉の向こう側に行ってた」
今思うと背筋が凍る。
扉をくぐった向こう側に待っているもの、それは後戻りの出来ない場所。
握った手に暖かい温もりを感じて笑みを携えれば、男はかぶりを振った。
「いや、俺の為でもあったんだ。こんなんで許されるとは思ってないけどな。……悪かったな、秋羽。お前にも辛い思いをさせた」
慈しむように桜の花びらを目で追う男の表情は、どこかすっきりした様にも、そして寂しげにも見えた。
その言葉にぐっと心臓が収縮する。
何か言いたいのに、徐々に薄くなっていく手のひらと同様に、意識もゆっくりと薄れていく感覚に、俺は必死で瞳を開けた。