散らないサクラ
「あ、良かった、良かったよ、秋……。身体はどうだ? 痛くないか?」
揺れる瞳には涙の膜。
どくんどくん、歩の表情ひとつひとつに波打つ心臓が生きているんだと伝える。
秋羽は頷こうと顔を顰め、それをみた歩は更に慌てる。
「悪い、先生だよな! 待ってろ、今呼んでくる」
身を翻し、慌てて部屋を出ようとする後ろ姿に、秋羽は口を開けた。
「……っ、……、む」
干からびているかのような旋律。
絞り出そうと必死に口を開け、呼ぶ。
「あ゛、……む、……っ! あ゛ゆ゛、む゛」
「秋?」
微かな音だった。
だが、その細い線は歩の耳に確かに届き、そして困り顔をした顔が振り向く。
秋羽の震える手がマスクに伸び、ゆっくりと外す。
意識の淵を彷徨っていたとは思えない熱の帯びた瞳が歩を射る。
「…………あり、がと、う」
薄く開いた唇からもれた言葉。
歩は一瞬目を見開き、そして唇を強く噛み締めた。
「……ああ。おかえり、秋羽」
歩、そして秋羽の瞳から一筋の涙の線が頬を伝って落ちた。
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