散らないサクラ


「……糞が。……ウォッカショットで」



バーテンが会釈する。



「おい秋、明日も仕事だろ? ……はぁ、ま、男としちゃなんか腑に落ちないって気持ちも分かるよ」



俺もお代わり、とグラスを振る歩を横目に届いたショットを呷る。

じゅわ、と喉が焼ける。



「俺にも色々考えることが、ある。俺なりに……」

「ああ、分かってるって。お前が考えなしじゃねえのなんて、一番俺が知ってる」

「あいつはいつも突然なんだよ。しかも、ホント簡単に“子供が出来た”なんて言いやがって」

「あはっ」



それまでカラカラと餓鬼の様にグラスの氷を振っていた番犬が挑発的に鼻で笑う。



「そんなの分かってて8年間一緒にいたんでしょお? 今更じゃん」

「ちょ、らんま」

「なに? じゃあさ、獅子は大好きな人に子供が出来たって言われて嬉しくなかったワケ? “やば、失敗しちまった”とでも思った?」



馬鹿にするような言葉の中に含む、真摯な問い。

熱を帯びる番犬の瞳。



「俺ならまず最初に嬉しいって思うよ。それも伝える。……“嬉しい”って思ったの? “嬉しい”って伝えたの?」

「蘭丸、秋も分かっちゃいるんだよ。ただ、整理できてないだけで……」

「あのさ、歩ちゃんは獅子に甘いよ。覚悟した、なんて言っときながら結局覚悟出来てなかったって話でしょ」



じゅわじゅわ、と喉元が熱い。

ああ、糞、ウォッカなんてショットで飲むんじゃなかった。

頭に熱が登っていくのを徐々に感じながら、久々に見る番犬の射るような瞳を見返す。



「実感が沸かないんだ、まだ」

「はぁ?」

「……あいつの中に子供がいるって事も、俺が親父になるって事も。結婚を視野にいれるって事も」




高ぶっているはずの感情が表に出てこない。



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