散らないサクラ


ウォッカが効いているのか、どくりどくり、と速く波打つ心拍だけがそれを伝える。

番犬の目が不快に染まる。



「8年だよ、8年。その年月あったら考える、普通はね」

「……ああ。お前の言う通り、覚悟したって言ってしてなかったんだろうな」



高校卒業と同時に洗髪した黒髪を握る。

ああ、この黒髪も弥生が染めてくれたんだよな。

それだけで暖かい気持ちが胸を掠める。



「……結婚も何もかも、弥生以外考えられない。つか考えた事がねえ」



そう、未来を彩り形成するには弥生が必要不可欠。

分かってた、いや、そんなものは分かってなくても当然だった。

なにをこんなに動揺し、イラつき、己自身検討がついてない事が一番の問題。



「蘭丸、お前の言いたいこともすごく良く分かる。んで、秋の気持ちも分かる。甘いとかそんなんじゃなくて、分かるんだよ。俺も一応既婚者だしな」



歩が間を取り持つように、昔となんら変わらず柔らかく笑う。



「男ってのはさ、勢いとか踏ん切るきっかけがなきゃ動かないもんなんだよ。俺の場合なんかは嫁の転勤がきっかけ。遠距離は無理だってお互い話してたからな、繋ぎ留めたい、失いたくないって思った。するなら今しかないって。……蘭丸も当てはまるだろ? 結婚は視野に入れてはいただろうけど、彼女の母ちゃんが倒れて明確なもんに変わったはずだ」

「……まあね」

「秋も、今がその時なんだよ。男なら誰でも通る道だ」



成長を見守る保護者みたいな顔をされて、居心地悪く視線を落とす。

なんだか全てを見透かされている気がして小っ恥ずかしい思いも膨らんで、再びショットを頼む。

胸に燻っている苦い思いがじんわりと溶け出すのを感じる。




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