散らないサクラ
「俺だよ、秋」
開かれたままのドアから現れたのは――――、歩だった。
口の端から赤い血を流し、顔は痛みに歪んでいる。
「痛っ……、あの人本気で入れやがったな、くそっ」
俺はゆっくりと輩の髪の毛から手を離し、口元を拭う歩を見据える。
心臓が脈を打つ。
気持ちわりぃくらい、ゆっくり、ゆっくり、と。
「……んな、おっかねぇ顔すんなよ」
冗談はやめろ、とそんなかわいい言葉をくれてやるつもりはねえ。
だいだい冗談でこんな事を言う奴なら、俺の隣に元からいるはずがねえんだから。
ヒンヤリと冷たい空気の中、俺は口を開く。
なあ、歩、チャンスをやるよ。
生きるか死ぬか、これからの人生をかけたチャンスだ。
「聞いてやるよ。訳は?」
「…………」
「なんで俺を落としたかった?」
「んなの、てめぇには関係ねぇよ。俺はてめぇが落ちればそれでな十分なんだよ!」
吼えるように、唸るように発せられた言葉。
瞳の奥が縮こまり、あいつも俺を“敵”としてみていることを確認する。
例えそれが何かを押し殺した色だったとしても。
例えそれが何かを隠しきれなかった緩んだものだったとしても。
それだけで俺の導火線に火をつけるのに十分だった。