散らないサクラ
幾度となく殴り続けた歩の顔は赤く腫れあがり、口の中と唇が切れ、真っ赤に口周りを汚している。
そうなるころには俺の息も多少あがり、最後に渾身の一発を喰らわそうと腕を振りあげた時だった。
ズシリ、と上げた右手に重みを感じ、その根源を追ってみれば、さっきまで床に転がっていた輩が俺の腕にしがみ付いていた。
「なんの真似だ」
低い声をあげると、輩は恐怖で口が聞けないのか何度も何度も首を横に振る。
「……っ、し、っ、しん、死ん、っ」
歩の事を涙こぼれる顔で見つめ、俺の腕に縋る輩。
……うぜぇ。
腕をそのままに歩の喉から手を離すと、歩は初めて息を吸うかのように盛大に酸素を吸い上げると、盛大にせき込む。
ぴちゃり、と咳と共に血が俺の頬につく。
何度か大きくむせ込み、落ち着いたのかやっと通常の呼吸に戻ると、歩が虚ろな目で俺を見つめ、そして、
―――涙を零した。
喧嘩で負けても、仲間が不慮の事故で死んでも、涙ひとつ流さなかったこの男が。
泣いた。
驚きに一瞬目を見開いたが、その泣き顔に体の熱が奪われ、さらには大事な何かまで奪われていった気がした。
俺は未だに腕に縋る輩を振り落とし、歩の上から体を起こす。