散らないサクラ
「本気で惚れたのか」
「ああ」
リョウは先ほどの俺と同じように皮のソファに身を委ねると、胸ポケットから煙草を取り出した。
それを口に銜えて火を点ける。
堪能するかのように大きく煙草を吸い上げると、気持ち良さそうに上向きで煙を吐く。
真っ白い煙は遊ぶかのようにゆらゆらと天井に上がって消えていく。
「……弥生の旦那な、もう死んでんだ。3年前に」
リョウの抑揚のない声が告げた。
その言葉に驚きはしなかった、ただ、佐倉の“もういない”と言う単語の意味が分かっただけ、そんな感覚。
胸の奥でざわつきだけが残った以外、何も問題はない。
リョウは煙草を吸っては吐いて、吸っては吐いてを繰り返す。
「あいつの中じゃ、あの人が最初で最後。最愛の人、だ」
ずしり、と圧し掛かる重たい鉛のような感情。
“最愛の人”、ただ単に離婚だったらどれだけ良かっただろう。
死んだ人間相手に戦えってか?
そんな無茶苦茶な問題を前に、俺は言葉を発することが出来なかった。