散らないサクラ

ああ、うぜぇ。

苦しいと思ってる自分自身にも、目に見る事のできない相手にも。


俺はついに佐倉を目で追う事をやめてしまった。

情けないがこれ以上佐倉を見つめ続ければ、俺は目の前にある机を蹴り倒し、原型を留めなくしてしまいそうだ。



「榎本竜司(えのもとりゅうじ)、あたしの担任のセンコーであり、旦那」



笑顔の佐倉がカウンターテーブルに置いてある結婚式の写真を指で撫でた。

それはもう、愛しそうに。



「この人のお陰で、正面から親父とぶつかる事ができて、親父を理解することができた。更にはこうして教師と言う職に就く事ができた。……この人がいて、今のあたしがいるんだよ」



そして、アンタの唯一愛した人。


最愛の……、人。


佐倉の瞳が優しくて、俺には感じた事もないとても淡い色をしていて、死んでもなお根強く心に刻まれているのだと伝えている。


ああ、胸糞悪い。


佐倉の言葉から直接“愛している”、“最愛の人”だと言われなくて心底良かったと思う。

俺は床に視線を落したまま今まで以上に強く拳を握った。


< 72 / 300 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop