偽りの結婚
「あっあの…お礼を言っていなかったから今言うわ。あの時は助けてくれてありがとう」
咄嗟に出た台詞は、湖から救出してくれた時のお礼だった。
額に当てられたラルフの手をやんわり逃れ、胸の苦しみを払うように話題を変えたかったからというのもある。
昨日はお礼を言えなかったものね。
ラルフがいなかったら私はここにいなかったかもしれない。
誰にも望まれぬ命だったとしても、命の恩人にはお礼を言わないわけにはいかない。
改まってお礼を言う私に、ラルフは表情を硬くする。
「君が無事で良かったよ。あの時…君が湖に吸い込まれるように落ちた時、心臓が止まるかと思った」
「心配かけてごめんなさい…」
湖に落ちる直前に聞こえた声も目を開けた時の顔も、全てが今までのラルフと違った。
あの時の表情や今の言葉から、本当に私を心配していることがうかがえる。
けれど――――――
ラルフが優しい声を向けてくる度、温かい手で触れてくるたびに余計に苦しくなる。
偽りの関係という事実がある限り、ラルフに対して素直になることはない。
ラルフがいくら私に労る言葉を向けようとも、それさえ偽りに聞こえる時があるから。