偽りの結婚



私の瞳には今にも溢れだしそうなほど涙が溜まっていた。





「だから、隠れて涙を流すなと言っている」


困ったような笑みを浮かべながら、私の髪を分け額に口づける。

チュッと、軽く触れるだけの口づけだったが、私の涙を止めるには十分な威力を持つもので…



ラルフの所業になっ…なっ……と、言葉にならない声を上げる。

そして、恥ずかしさに耐えられなくなり、ラルフの腕の力が緩んでいたのを良いことに、後ろへ後ずさる。





「なぜ逃げるんだ?」


私が腕の中から消えたことで、気に入らない、と言うように眉を寄せるラルフ。




「貴方が変なことするからでしょう!」


顔を真っ赤にして答える。




「君の涙を止めようと思ったんだ」


ラルフはケロリとした表情で言ってのける。

まるでキスが挨拶だと言わんばかりの口ぶりだ。





「だからって、キ、キスしないでください!」


ラルフにとってキスは挨拶みたいなものかもしれない。


< 343 / 561 >

この作品をシェア

pagetop