偽りの結婚
これを逃したらもうチャンスは巡ってこないかもしれない。
いや、絶対に巡ってこない。
もともと舞踏会というものにあまり縁がなかった。
今回は誰でも参加可能な舞踏会で会ったことと、仮面舞踏会であったことが参加に大きく繋がったと言ってもいい。
ラルフと結婚して離婚したという事実がある限り、公の場には出る勇気がないから。
もしもラルフと離婚して哀れな伯爵令嬢がそのような場に行けば、好奇の目にさらされることは間違いない。
だからこれが最後のチャンスなのだ。
もう少し待ってホールに戻ろう…
もしかしたら、ラルフを囲む人だかりが減っているかもしれない。
ソフィア様もずっとラルフの傍にいるわけではないだろうし。
そうして、どうやってラルフに近づくかを考えていたその時――――
「こんばんは」
月夜が照らす淡い光の中から声をかけられ、息をのんで驚いた。
その甘く低いテノールの声は、耳に馴染む心地良い響き。
月夜の明りの下といっても数メートル先の人の顔など分からないが、その人が誰かなんて分かっていた。