恋する季節の後ろ髪
1歩踏み出した彼の横に並ぶための1歩を、わたしは踏み出せずにいたのだ。
そしる言葉の裏にあるのは“保証”を欲する気持ち。
本当は、彼のいる場所にいく“許可”なんて、これっぱかりも必要なかったのに。
それを欲しがったのは、ただ自分が不安だったから。
「ほんま、ずるいのはどっちいうんかいね……」
うなじを、やわらかな風がやさしく撫でていく。
見上げれば少し春霞んだ空。
そこに舞う、土手の上に林立する桜の花びらたち。
そろそろだろうか。
わたしはスカートの裾を払い、土手を登る。
そこには薄紅色に満たされた満開の桜のトンネル。
絶え間なく舞い降る花弁を眺めながら来た道を歩いていると、ふと、
ひさかたの
光のどけき春の日に
しづ心なく
花の散るらむ
そんな歌を思い出した。
しづ心なく――
それは桜か、それともそれを観る人の心か。
宙に絶えず漂う未来を指し示す花弁は思い思いの方向を向いていて。
けれど、それはたったひとこと声を吹きかければ容易に向きを変えることが出来る。
あのときも、きっとそうだったはずなのだ。
けれども、それはもう、本当に今更のこと。
ゆるゆると、されど確実に流れていく時間を巻き戻す術なんてわたしたちにはない。