恋する季節の後ろ髪
桜の花には何か不思議な力がある。
駆け足で日常を通り過ぎようとする心を立ち止まらせたり。
はたまたつま先に張り付いた視線を“ひっぺがして”新しい足跡を作らせたり。
それは頬の紅潮を予感させる淡い色のせいなのだろうか。
それともくすぶる胸の内の1番奥に染み込む薫りのせい?
「あ~小銭がないや……」
自販機で珈琲を買おうとしていた俺は短いため息をつくと、何の気なしに空を見上げた。
晴天快晴。
“こんな日”でなければこのまま散歩でもしたくなる。
「ふぅ……」
もういち度、そんな空に不釣り合いなため息をつくと、俺は踵を返し来た道を戻り始めた。
足下が少し、おぼつかない。
せめてお茶でも用意してくれていてもいいのに。
酒が嫌いなわけではないが、昼間っから程を過ぎてまで胃に流し込むのは好きではない。
しかし往々にして、会社の花見とはそういうものだった。