恋する季節の後ろ髪

 あいつはとてもいい女だった。

 外見的なことじゃない。

 かといって内面的とかそういうありきたりなことでもない。

 その佇(たたず)まいが、だ。

 俺が嫌なことがあって辛くあたってしまうとき。

 あいつはほんの少し、困ったように眉根を寄せて微笑んでいた。

 せっかくの休日だというのに疲れているからとだらだらとソファに横になっているとき。

 あいつは拗ねるわけでもなく、程の良い熱さの珈琲をスッ、と出してくれた。

 誕生日の日に急な残業が入ってしまい電話越しに謝ったとき。

 あいつは声のトーンを一層やわらかくして、

「あんまり無理しないでね」

 そう、逆にやさしく気遣ってくれた。

 紫陽花の学名は――hydrangea。

 意味は『水の容器』。

 俺のわがままや甘えを余すところなく受け止めてくれたあいつにしっくりとくる。

 そういえばいつだったか花屋の軒先に陳列されていた紫陽花に小さな紙でコメントが飾られていて。

 そこに花言葉ってやつが書かれていた。

 それによると、紫陽花の花言葉は――



――『辛抱強い愛情』



 なのだそうな。

 それをみて俺は苦笑いを浮かべて、

「なるほど……」

 と呟いたのだった。

 その日がちょうどあいつと別れて1年経った日だったっていうのはたぶん、きっと、偶然などではなかったのだろう。

 しかし運命と呼ぶにはいささか手厳しい。

 とはいえ皮肉というにはいかばかりか情けない。

 ならなんとすればいいだろうか?

 あぁ、そうか。

 たぶん、あれは“告白”なのだろう。

 やさしさの裏っかわにずっと、ずっと積み重ねていたあいつの本音。


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