恋する季節の後ろ髪

 うなじを風にさらすのが心地良く感じる頃になると、わたしは決まってこの土手にやってくる。

 ここは何もない町で。

 それでもここを離れようと思わないのは、わたしにとっては何かがある町ということで。

 そのひとつが、ここ。

 風の歩く道に目をこらせばほら、色とりどりの草花が咲き乱れている。

 小さいけれど目に鮮やかな空の雫、オオイヌノフグリ。

 赤紫のラッパ隊はホトケノザ。

 その隣りで艶やかに踊るのはヒメオドリコソウ。

 それを優雅なドレスに身を包んで観賞している貴婦人、ムスカリ。

 カラスノエンドウとナズナを手にした子供たちはあっという間に立派な鼓笛隊。

 そんな景色を眺めながらふと、

「お弁当、買ってきとったらえかったかなぁ」

 急な連絡で、着て行く服を悩んでいたら作る余裕まではなくて。

 出かけるときには途中で買おうと思っていたものの、はやる気持ちがそれを頭からいつの間にか押し出してしまっていた。

 とはいえ、この陽気だと待っている間に傷んでしまうかもしれない。

 それを考えると、やっぱり持ってこなくて正解だったのだろう。


< 8 / 38 >

この作品をシェア

pagetop