桃園むくげXX歳である。
斎院あおい、はじまるのである。
私の春は、これからなのである。

 朝顔の花の形を愛おしいと思った4歳からはじまり
 三角フラスコとロートに出会った12歳
 そして女の第一次賞味期限の18歳。
 卒業式で受け取った花は透明なセロファンが美しい円錐を描いてガーベラを一輪くるんでいた。

 私を突き動かす感情が円錐に機縁することに気づいたのは、いつの頃だったか。

 目をつけていた先輩の第二ボタンに群がる在校生たちのなんという初々しいことか。
 円錐の形などしていない丸ボタンに、私の興味があるわけがない。
 私の第二ボタンはいつも開いている。
 セーラー服にボタンはないだろうと覗き込むその目線を胸元でくぎづけにして、いい思い出を作ろうと相手の腕を引き寄せるのが、私の「ボタン下さい」行動なのである。

 父が新しい女と死んだと聞いたのはその日のことだった。
 雪がまだちらつく空の下。自殺かと思えば他殺である。
 世の中デンジャラスである。
 警察にお世話になって、黒いコーンという珍しいものを葬儀場で見たあとに
 私は脱ぎ捨てるはずだった制服のまま、家庭というにもおこがましい場所からも卒業をした。

 父の事件のその後は知らない。進展があって連絡しようとしても、そこはもう空き地なのだ。
 私の第二ボタンはいつも開いている。
 おかげでびゅうびゅう吹き込む風で、寒く冷えたものである。
 私の心は、円錐しか癒せず暖めることもできないのだろう。
 父の死に涙ひとつもでないとは、我ながら冷たい女である。だが母なら高笑いをしていそうなので、これが娘なりの優しさだと思って地獄へ行ってくれればいいと思うのである。

 路頭に迷う女子高生コスプレの私に、いかがわしくも分厚いアルバイト雑誌を街頭で手渡し、話術巧みに体験入店させたのは、クラブ齋院のオーナーだった。
 胸につけたままの卒業の花が目に入ったのだろう。

卒業おめでとう

 そう言われて、私は今までの多くのことから卒業することができたのかもしれない。
 卒業というのは大事だ。
 忘却するのでも、黒歴史として封印するのとも少し違う。

 区切りを入れることがなぜ大事か、その時は分からなかったのだが、区切り線を一本入れるだけで分かりやすくなるのは、図形の体積を求める公式集と同じであろう。

 クラブ斎院のキャバ嬢になると決めた時。
 あおいという名前をもらった私は、新しい人生に入学したのである。
 私の春は、これからなのである。

よろしく。
< 14 / 19 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop