プレーン
「ナツメくーん、あれ共同トイレってやつだよねー?わたし初めて見たよー」

そんで初めて使ったー、とあっけらかんな女の声。
木戸の向こうで呼んだ名前は、確かに僕の名前だし、僕以外に他は無い。

あの声、あれは――こころだ。
なぜかは分からないけど、あの口ぶりはこころだと、寝ぼけた頭も良く分かる。
それくらい、僕に馴染んだこころの声。

ぎちぎちと立て付けの悪い木戸が上下に揺れたら、それに合わせて左右も動く。

いずれこころが現れる。

そのとき僕は、こんな姿でどうしたら。

「……着替えよう」

とりあえずそう、それがいい。
形が変われど僕の部屋。
一体誰がこうした事か。知らないけど、なったもんはしかたない。

「あった。」

セーフ。
変わったのはガワだけだ。
引き出しは水玉模様でも、中身はちゃんと正常、清潔。多分キレイ。

「ほんっとに……なんも覚えて無いよ。酒飲んだのかな?」

財布、チェック。

「大丈夫だ減ってない、けど……」

背にした木戸が、激しく揺れた。

「開かない!」

かんしゃくを起こした子供みたいに、木戸はガタガタ落ち着かずわめく。
わめかせてるのは、人だけど。

「ねぇ……それっ、それ、さぁ」

一旦上に持ち上げて押すんだよ、僕はジーンズを履きながら玄関へ向かう。
足がどうもつれるよりも、戸の安全が優先だ。こんなときでも大家は怖い。
< 12 / 38 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop