【中編】ひとつの愛
「今、流湖って呼びましたよね?」
「え!? あ、悪い。つい癖で」
癖なの。
流湖って名前で呼ぶのは癖だったの?
山口って苗字で呼んでいたのは、無理して頑張ってくれていたの?
「山口って呼びなれなくて」
「いいです」
「へ?」
「流湖でいいです!」
私は、何を真剣に言っちゃってるんだろう。
たかが呼び方ひとつで、こんなに真剣になっちゃって。
だけど、無意識のうちに名前で呼んでくれていた事が凄く嬉しかったの。
もう流湖って呼んでくれないって思っていたから。
山口って呼ばれていたのは、近づくな。そう線を引かれていたんだと思っていたから。
「いや、マズイだろ。それは」
「でもっ」
「他の先生の目だってあるしな」
そりゃそうだよね。
私、何期待しちゃってるんだろう。
名前で呼ばれただけじゃない。
先生が私を好きだ、って言ったわけじゃないじゃない。
教師が、生徒を苗字で呼ぶ事なんて当たり前でしょ。
しかも男性教師と女生徒。
当たり前の境界線。