残り香
Episode1<出会い>
 忘れられない笑顔は今も側にある。
 
 父さんとの事業に失敗し、
家も家族も友人も失ったアキラに唯一残された人。
そんな彼女との出会いの瞬間は、
今でもハッキリ覚えている。

'98 出会い 


 すべてを無くすダメな奴には、悪魔君が群がってくる。
そんな時を、そんな人間を待っていたかのように誘いはやってきた。
「簡単に儲かる仕事」とやらの同業者からの誘いもその一つ。
「¥8,000−で夢が買える仕事」
今のわたしにはその金額も用意できるか怪しいものだったが。
ファミレスで食事を御馳走してくれるというので、
”夢が買える仕事”とやらを聞きに行くことにした。
けして時間を持て余している訳ではないが。
 同業者の鈴木との待ち合わせ場所に、
約束の時間より少しだけ早く着いた。
1月の夜空には星がなく、今にでも雨が落ちてきそうだ。
暖冬だ、雪になることはない。
TOYOTA社製のワンボックスが私の前に停車した。
車から鈴木と、いかにも怪しげな男が降りてくるのがみえた。
黒いスーツにオールバックできめているヘアスタイルがいかにも・・・
アキラより10は歳が上なのだろうか。
警戒するよう、頭の中で警鐘が鳴る。
「はじめまして・・・」
いかにも・・・な男は、
右手を差し出し握手を求めるしぐさをした。
その作り笑顔と右手首に垂れ下がる太目の金のブレスレットが、
怪しさをさらに際立たせる。
今すぐにこの場を去りたい。

 そんな気持ちを察したのか、
鈴木はアキラを逃がさないつもりなのか、
肩を組んでワンボックスの二列目に乗り込むよう即す。
ヤニの匂いが充満する車内が逃げ出したい気持ちを強めた。
1月の寒さにフロントガラスを曇らせないためのDEFの温かい風が余計に匂いを車内に行き渡らせる。
喫煙しないアキラにはかなりキツい。
その気持ちを無視するかのように、
怪しげな彼は車に乗り込むと同時にタバコに火をつけた。
最悪だ。
 怪しげな彼は、色々な話をしていたようだが殆ど覚えていない。
夢がどうの、高級車がどうのって話だったように記憶している。
アキラの頭にあるのはファミレスのメニュー、何をご馳走になろうかな。
ただそのことだけだった。
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