残り香

Episode2<出店>

’97

 携帯が鳴った。
高校生の頃、アルバイトでお世話になった渡瀬 弘人からだ。
33歳になった今でも付き合いが続いている。
何かと気をかけてくれる。
年齢は一回り程も離れているのに、なんだか兄貴のような存在だ。
美容学校に通っている時頃、初めて髪を切らせてもらったのも渡瀬だった。
ウイッグ以外の髪を切ったのは、この時が初めてだ。
もちろん出来上がりはひどい物であったに違いない。
文句も言わず、それどころかずいぶん喜んでくれたっけ。
もちろんパーマの練習台も渡瀬だった。

 ある物件の解体に手を貸して欲しいと言ってきた。
臨時収入はとっても助かる。
もちろん断る理由など無い。
「6:00に会社で」
用件だけ伝え電話は切れた。
現状は噂で聞いているだろうに・・・・
余計なことは一切聞かない、その心遣いがアキラはとってもうれしいと感じた。
美容師の仕事を始めてからは、”指の怪我は致命的”
と言って仕事の手伝いを頼まれることは少なくなった。
少し寂しさは感じるが。
時折殆ど遊びのような、ドライブのようでもある、
別荘地に住居を構える顧客の軽い仕事は誘ってくれた。
そんな事で日当をもらえるなんて申し訳ないと感じたものだ。
 渡瀬の愛犬、アフガンハウンドも一緒に連れて。
幌を外したJeepで仕事に行ったこともあった。
Tシャル、短パン、ビーチサンダルで。

 いつも現場が遠いいこともあり、
渡瀬との待ち合わせは6:00頃と少々早い。
夜中に出る事も何度かあった。
前日の夜更かしはキツい。
普段から朝食は採らない。
顔を洗って着替え出かけるだけだから、支度に時間はそれ程必要としない。
スクーターで15分も走れば会社に着く。
 晩秋の早朝は気持ちがいい。
鼻を通る空気が少し冷たく感じる、冬がもうすぐやってくる。
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