月光ロマンス
周りが忙しいにもかかわらず、ある一部屋だけが闇に包まれ、隔離されたように静けさを保っていた。
誰も居ないかと思われたが、その部屋の主は大部分を占める手垢一つない洗練されたガラス張りから覗く、我が身を主張するかのように露出された満月を目を細めて見ている。
その姿を見たものは、思わず赤面してしまうだろう、儚くもあり、愛しげな表情を浮かべて。
その男が身を沈めている大きな椅子、いや、ソファと読んだほうがしっくりくるほどに大きく柔らかい生地で作られたそれ、はその男の地位をひそかにかもし出していた。
肘掛には目立たないが、それはそれは豪勢な装飾が施され、一見するとわからないがそれでもよく見ればかなりのお金がかけられているとわかるものだった。
男も、そうだった。
そんな椅子に座っているにもかかわらず見劣りすることはなく、むしろその装飾が劣っているかのように写った。
濡れたような紫と漆黒の髪、アメジストのような瞳、ほどよく引締まった肢体、全てが人外を思い立たせるその容貌―――………。
「……………女神、」
ほんの一瞬だった。
月光に照らされたそのアメジストの瞳が一瞬緋に染まり―――――
雲影に隠れた月とともに、彼もまた、闇に包まれた。