彼氏には夫になれない。
おそと
栞はいつもまっすぐだ。

実家が近所だった私たちはもう20年くらい一緒にいる。
同じ学校に通い、同じ音楽を聞き、同じものを見た。
そして、違うものをそれぞれに見つけた。
全く不思議だけれど、それでも私たちは共感し合える。

彼のことは違ったみたいだけれど。

「どういうつもりなの?」

「どうって?」

栞は思ったままを私にきちんと伝える。
昔から羨ましく思う。
その勇気を強さを。

「奥さんはどうするのよ?」

どうすると言われても困ってしまう。
栞だったらどうするのだろうか。

「さぁ」

「何も話してないの?」

「奥さんのことを?どうして?」

「必要だからよ」

何が必要なのだろう。
栞は紅茶をぐいっと飲み干す。

ここの喫茶店は紅茶に蜂蜜が付いてくる。
花によって蜂蜜の味が変わることはここで知った。
大きな窓からは手入れの行き届いた箱庭が見える。
今は真っ赤な紅葉が見頃だ。
偶然入って以来、私たちのお気に入りになった。
週に一度は一緒に紅茶を飲みに来る。

「遊ばれてるのかもよ」

栞は意味もなく蜂蜜をかき回している。
機嫌が悪いときの癖だ。
彼とはさっきまで一緒にいた。
栞に会ってみたいと言い、ここまで車で送ってくれた。

「それはわからないわ」

「本気だとは思えない」

「私にはどうしようもないな」

彼と関係を持って1週間経つ。
彼は時間の許す限り私のマンションにいる。
昨日は店にも来てくれた。
飲み会の帰りだと言っていた。

「不倫だよ?」

「彼が好きなの」

ただそれだけだ。
他に理由は見当たらない。
紅茶はすっかり冷めてしまった。
さっきまではとても良い香りがしていたのに。

「おかわり頼む?」

栞は呆れた顔をしてからちょっと間を置いて頷く。
近くの店員に同じものを二つ注文する。

「狡い」

栞は下を向いたまま呟いた。
彼のことなのか私のことなのかはわからない。
でも、その言葉は私の胸の奥に突き刺さる。

「容赦ないね」

確かに。


言い返すことは出来なかった。

< 10 / 13 >

この作品をシェア

pagetop