桜の記憶
「桜が見たいんです」
彼は続ける。
綺麗な横顔でそう言う彼を見ていると、
もんぺ姿で生活に追われている自分とはまったく違う世界にいる人のように思えて、
なぜだか胸がすごく軋んだ。
「そうですか」
「ええ」
これ以上彼と話すことに意味はないと思い、
私は会釈をして立ち去ろうとした。
けれどすれ違う時、
彼は私の背中に向かって声をかけてきた。
「毎日ここを通るんですか?」
「え? あ、はい」
振り向いてフェンス越しの彼を見る。
やはり変わらず優雅にフェンスに寄りかかる彼に、目を奪われた。
「お名前は?」
「谷崎……琴子です」
「僕は、山口秀二です」
「そう、ですか」
「はい」