桜の記憶

そう言って、今度は彼の方が踵を返した。

ゆっくりとした足取りで病院の建物の方に歩いて行く。


遅い。
もっと早く歩けないの、
と一緒に歩いていたら叱咤してしまいそうなほど遅い。

だけど見惚れてしまう。

その、頼りない足取りにも。

彼がまとう、ふわふわとした独特の空気にも。


「山口、……秀二さん」


彼の名前を聞こえないほど小さな声で繰り返した。

胸に湧きたつ、この気持ちは何だろう。

恋なんて、してる場合じゃない。

生きて行く方が大変なのに。

なのに、胸が勝手に軋んでいくのを、
止めることはできなかった。

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