桜の記憶

 それから毎日、
秀二さんは仕事帰りの私を呼びとめては、
他愛のない話をした。

5分ぐらい話をしては、
お互いに礼をしてまた歩き出す。


「琴子さん」


彼が呼ぶ声は、桜の花びらに似ていた。

名前を呼ばれるたびに、
一枚の花弁が胸に積もる。


「今日は寒いですね」

「ええ。秀二さん、薄着では体を壊しますよ」

「もう壊れているから平気です」


淡々と、語る言葉は深い意味は何もなくて。

私たちは本当に、世間話だけをして半年を過ごした。

それなのに、
私の心に毎日一枚ずつ降り落ちた花弁は、
いつの間にかじゅうたんのように降り積もっていた。


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