桜の記憶
そうして、日々は簡単に過ぎて行く。
いつしか桜は満開になり、
私の不安は花と共に大きくなっていった。
その日、彼はいつもより寂しそうな顔で桜を眺めていた。
いつもなら私が声をかけるよりも先に名前を呼ぶのに、
その日は一心に桜を見ていて私に気づかない。
「秀二さん」
私の声に、彼ははっとしてこちらを向く。
「こんにちは、琴子さん」
ひらり。
また一枚、花弁が落ちる。
それは私の胸を、
小さな痛みで締め付ける。
「満開ですね」
「ええ。これが見たかったんです。
見れるなんて、思ってなかったのに」
「え?」
秀二さんが儚げに笑う。
サラリと言った言葉の中には、
何か大事な意味があったようにも思うのに。
その瞳に魂を吸い込まれたように、
私は何も考えられなかった。