桜の記憶

フェンス越しに、秀二さんがこちらを向く。


「琴子さん」

「は……い」


私は嫌な予感がして、一歩後ずさった。

けれど彼はお構いなしに、話を続けた。


「……お別れです」


風が吹いた。
いや、本当は吹いてない。

なのに私はこの満開の桜から、花びらがどっと風に吹かれたように思えた。


「どうして……ですか」


声が震える。
私は拳を握った。

泣いてはいけない。
彼の前で泣くのは、彼を傷つけてしまうような気がした。


「赤紙が来たんです」

「え?」

「いわゆる召集令状ってやつですね」

「召集……令状?」


意外な言葉。

今頃、秀二さんを召集するの?
こんな骨ばっていて倒れそうな人を?


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