桜の記憶
「秀二さんっ」
「……」
彼は振り向かない。
私は彼の背中に精一杯の気持ちを乗せて言った。
「ご武運をお祈りしてます」
彼は振り返らず、右手をあげて軽く手を振った。
その時ようやく風が吹いて、
揺すられた桜の木からたくさんの花弁が落ちる。
花が舞い降りて、
滲んだ視界はピンクに染まって。
それ以上秀二さんを見ることはできなかった。
嘘つき。
あんな病人が、召集される訳が無い。
彼が行くところは戦地ではなく、もっと違うところだ。
それでも、
愛国心もない彼がそう言ったのは、
自分への最後の強がりだって、
そう思えるから。