桜の記憶

「ほら、ばあ、頑張れって」

「わかってるよ。はあ。お前は足が速いねぇ」

「ばあが、遅いんだって」


ふわり、柔らかく笑う。

普段は生意気な癖に、
その笑顔だけはあの人を思い起こさせる。

血がつながってる訳でもないのにそう思うのは、
私の勝手な思い込みなんだろうか。

結婚したのは、親の決めた相手。

激しい恋情はなかったけれど、
一緒に暮らしていくうちに育っていた穏やかな愛情は、
夫とでなければ育む事はできなかったろう。

結婚生活に不満はなかった。

幸せだったと言っていい。

先に死なれてしまったけれど、
夫以外とであればこんな穏やかな気持ちで
老後を迎えることなんかできなかったろう。
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