雪女の息子
「同じ妖怪でありながら、同じ妖怪の血を引いている者でありながら、あの男は、あんたの息子を滅した憎き陰陽師の血も引く。憎くはないか?」

「憎い……」

嫗山の、山小屋。そこの山姥に、誰かが囁いていた。
その声は甘く、そして禍々しく、妖怪である山姥の耳にするりと入り込み、脳にまでしみ込む。その声は、心の中の闇をより一層、深く変える。

「憎んでいい。憎めばいい。憎しみの感情があればあるほど、妖怪は力を得ることができる。殺したかったら、そいつを殺してもいいが、ただ殺すだけではつまらないだろう?」

「トラツグミ……様」

「憎んでいいんだよ。あんたは好きにあいつをめちゃくちゃにしてやればいいんだ。俺がそれを許可しよう」

囁く言葉は山姥の思考を麻痺させて、そしてまっすぐ、囁く相手を見た。口元は妖しい笑みを浮かべながらも、美しく、そして漂う黒い空気が、その男を取り巻いている。妖気よりもどす黒い空気は、妖怪を酔わせるには十分すぎた。

「人間はな、大切な物を眼の前で失えば、深い絶望に落ちる。味方が誰一人としていない状況に立たされれば、孤独を感じて、弱くなる。あいつは半分は人間だ。あいつの心はとても弱い。だから、壊しやすい」

山姥は、ふらりと立ち上がる。悪魔の言葉に魅せられて、自分の憎しみを、より増長させていく。
その様子を、囁きかけた者――トラツグミと呼ばれた者が面白そうに眺め、そして山を降りた。

「さて、次はどうなるか……」

口の端の笑みがまた妖しく浮かんで、そして強くいろんな者を惹きつけた。
長く、そして癖の強い黒髪がまた風にさらわれていく。
その姿は、以前に山の昔話を調べるよう秀明に言った少年そのものだった。
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