雪女の息子
「……ちっ」
トラツグミは苛立っていた。固く唇を噛み、苦々しく町を見渡す。
先日に起こしてしまった殺人。喰らうつもりはなかった。気付いた時には、食べていた。
「トラツグミ様……」
「……。心配いらないよ。山姥。少し予定を前倒しにするだけさ」
山姥に声をかけられ、にこやかに笑みを見せる。その笑顔にも、焦りが見えていた。
だが、山姥は何も言わない。逆らうことも意見することも、できなのだ。
「今夜あたりに、冬矢は出てくるだろう。だから、決行は今夜だ」
「わかりました」
「はぁ…………」
一つ、陽はため息をこぼす。
それを見つけた千夜が声をかけても、何も答えない上の空。
「陽ぁ!」
「……。あ、千夜、どうしたの」
そしてようやく気付いたのが四度目の呼びかけの時だった。呆れて今度は千夜がため息をつく。
「どうしたのって、陽がぼうっとしてるから気になったの」
「ああ……。どうせまた、父さん帰って来ないだろうなって思うとさ、家に帰る意味ないんじゃないかなって……変かな?」
「……」
やっと話した陽の言葉に、また千夜は呆けてしまう。何を言い出すのだろうか。
その様子を見て、陽は帰り支度を始める。
「やっぱ変だよね。じゃあ、私帰るから」
「あ、陽!」
有無を言わさず、陽は帰ってしまい、千夜が一人残る。
ポツンと残された千夜はそのまま彼女が去って行った方向を見つめていた。
「…………」
いつもとおかしい陽。そして去っていく後姿を見たとき、ある種の胸騒ぎがあった。
このままじゃいられない。そんな不気味な、恐ろしい予感がした。
「気のせい……かな」
千夜もまた帰り支度をすませ、教室を出た。