花火
花火
夏の声が一つ、零れた。
今年も夜空の心を射止めたようだ。
その証拠に。
放った渾身の一発が胸を深く打ち叩く。
冷蔵庫の扉を閉め、ベランダに出た。

彼女はまだ青いグラデーションを纏っていたが、それを急かすかのように、パッと、大きな花が咲く。
缶ビールのプルタブを引くと、吹き出る泡が虹色に見えた気がした。

「お父さん早く!」
マンションから浴衣を着た女の子が出て行くのが見えた。
裾が歩幅を遮るのだろう。
上手く進めず転びそうになりながらも、嬉しそうに笑っている。
意味もなく浴衣を着、缶ビールを飲みながら、それを見送る女。
私もお父さんと行けば良かった、なんてね。

私の浴衣には染みが付いている。
去年跳ねさせた、食べ物か何かのものだ。
目立たない、わずかな染み。
この程度なら、今年も着て出掛けられると思った。
ただ、出掛ける予定は自動的に消えて無くなった。

去年の花火は綺麗だった。
大きくて、鮮やかで。
力一杯、輝いて。
会場で見たからかもしれない。

出店が沢山並ぶ道を、手を繋いで歩いて。
人混みを掻き分けて、何とか場所を陣取って。
山盛りのレモンのかき氷を二人で食べた。
来年もまた来ような
貴方はそう言ってくれて───

ふと、自分の一部と化していた指輪が目に入った。
薬指からそっと外してみる。
掌に乗せたそれからは、しっかりとした重みが感じられた。
どうせ処分するのなら、空の宝石として寄付しよう。
磨き立てのキラキラしたものではないけれど。
意味を持っていた頃は、君に負けない位輝いていたんだ。
もう大丈夫だから。

さよなら

纏わりつく袖を捲くって。
指輪を握って、思い切り腕を振り切った。

そっと目を開けると、右手は拳を作ったままで。
握った指輪は少し汗ばんでいた。
あれ…?
そんな自分が可笑しくて、思わず噴き出した。

どうにもならない想いは、頬を伝って足元へ静かに落ちていった。
指輪は、一層騒ぎ立てる夏より、ずっと高い音を立てて転がった。

今年の花火はセンスがない。
大きくて、鮮やかで。
力一杯、輝いて。
ゆらゆら。
ぼやけて映って見えて。
それでも、ここに貴方がいればと思う。




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