彼。

キイチ

「アッハッハッハッハ。お前も馬鹿な奴だなぁ!」
キイチは大声をあげて笑った。
彼は少し怒ったような顔をする。
「悪かった。俺が悪かったよ。だから怒るなって。」
ぐしゃぐしゃと彼の頭を撫でながらキイチは言った。


「親方!何してるんです?もう出港の時間ですよ。」
窓から突然出てきたひょろ長の男が、少し怒ったようにキイチに言う。
「おぉ、もうそんな時間か。すまんなヒューズ。」
キイチは、ひょろ長の男にそう言いながら朱色の槍を渡した。
受け取ったヒューズは足早に港へと向かう。

パパロの皮で作られた防具を身につけながら彼の方に向き直る。
「今夜は、少し遅くなるかもしれない。一人で留守番できるよな!」
また、彼の頭をぐしゃぐしゃとしながら言う。と同時に、キイチは海の顔となった。



この日、キイチ達は年に一度しかないトナム漁に出かける。
トナムは小島ほどもある巨大な魚で、その漁には大きな危険が伴う。
無神論である荒くれの船員達もこの日ばかりは神々に祈ってしまう。一週間ばかし家族とだけ過ごし、今生に未練を残さないようにする。
しかし、キイチは普段とまるで変わらない様子で彼の元を離れた。
キイチにはそれだけの技量と自信があったのだ。
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