童話少年-NOT YET KNOWN-
重力に負けたみたいに呆気ない
同じ部屋の片隅に、パイプベッドがあった。
小さな、安っぽいものだ。
老人が寝ていた。
さっきまで中二階のそこの扉の前で、長々と恨み言を語っていた男だった。
瞼を閉じ、腕をだらりと脇に垂らして、少しだけ開いた口から、呼吸音は聞こえなかった。
枕元には、風邪薬があった。
その隣に、使った跡はあるが、もう濡れていないグラス。
「…………鬼道、が……?」
人間の所業とは思えない、“鬼”という新たな命を作り上げた男が。
長年の夢を潰され、その復讐のためだけに自分のそれまでの人生と、その後の全てを懸けた男が。
「……風邪なんかで……」
「…………いや」
雉世は、目を伏せたまま、呟いた。
視線の先には、屑籠がある。
誰かの爪先が当たった拍子に、薄汚れたビニール袋越しで、黒い──いや、赤い液体が、とぷりと揺れたのが見えた。
「……これ全部、鬼道が……?」
部屋に充満する血の臭いは、鬼の腕からのものだけではなかった。
風邪を拗らせただけで命を落とすほどに、鬼道の体の中はぼろぼろだったのだ。
夢は叶ったのだろうか。
復讐は果たせたのだろうか。
彼にとって、人間の寿命などというものは、きっとあまりにも短かすぎたのだ。
咳が聞こえた。
振り向くと、扉があった。