童話少年-NOT YET KNOWN-



「涓斗は引っ越し、まだなの?」
「あ? あぁ、俺は4月入ってからにする。どーせすぐ近くだし」
「いーなぁー。一人暮らし」
「お前はやめとけよ、1ヶ月で人間の住める空間じゃなくなる、きっと」

涓斗が、散らかりに散らかった紗散の荷物を見ながら言う。
引っ越し準備のために散らかっているわけではなくて、むしろ今は少し物を処分したから、片付いている方なのだ。
足の踏み場は、身軽な彼女には必要ないのかもしれない。

「にしても一人暮らしなんてよく許したよね、おばさんが」
「んだよなー、あれから心配性に拍車かかったってのに」

『あれ』から。
ヤヨイが鬼道に誘拐された事件のことを、彼らはそんなふうに呼ぶ。
あれ、あの時、あの日。
具体的に口にすることを躊躇うのは、世間がそれを、なかったことにしようとしているからだった。

事件を、ではない。
事件の真相を、だ。

ヤヨイを見つけたことを家族に連絡すると、10分後にはもう、警察車両と救急車が彼らを迎えに来た。
幸いヤヨイの体調も、極度の緊張感のせいで風邪がぶり返しただけで、翌日にはすっかり熱も下がっていた。


< 132 / 135 >

この作品をシェア

pagetop