童話少年-NOT YET KNOWN-
そんなことがいくつかある。
「……ねぇ、いい加減にしてくれる? 誰のためにわざわざ来てると思ってるの」
「うわ、出た学級委員長!」
「あれ、これ……弥桃のトロフィーじゃね。何でこんなとこにあんだよ」
「ほんとだ。忘れてた」
「ちょ お前、自分が入賞した大会のトロフィー忘れんなや!」
ぎゃはははと、大口を開けて紗散が笑う。
相変わらず品のない笑い方してもう、と、雉世が溜め息を吐く。
じゃれつく幼児をいなしながらも、涓斗は手際は良い。
弥桃は、銅色のトロフィーを一撫でした。
夏にあった剣道の地区大会だ。
学校代表ではなく普段自分が通う道場から出場したのだが、この結果を知って、剣道部顧問の碓井は相当惜しがっていた。
どうしてここにあるんだったかは、思い出せないが。
弥桃は、壁の掛け時計に目をやった。
紗散が、両親に貰った最後のプレゼントらしい。
少しも狂うことなく、動いている。
その時の両親の服の色まで覚えていると、紗散は言っていた。
それなのに、半年前の放課後のことは、曖昧なのだ。
人の記憶なんてそんなもの。
そう言ってしまえば、全部それまで。
誰が忘れようが、自分だけは覚えている。
そんなことがいくつかある。
それでいい気がしたのだ。
そうだ、少しだけ、思い出した。
確か、近くの甘味処で数量限定の和菓子が販売されるからといって、大会が終わったあと、一番近い紗散の部屋に集まったのだ。
思い出して弥桃は、再び時計を見上げた。
3時13分前。
「あ。ねぇ、時間だよ」
「え? あ、マジだ!」
「時間って、何の?」
「ほら、学校の近くの和菓子屋! また限定販売なんだよ、きびだんご」
「あ、それ、ヤヨイから頼まれてたんだった」
「急がないと、またなくなるよ」
「ちょっと、もう…………全然片付け進んでないけど!」
「あとでー」
誰が忘れようが、自分たちだけは覚えている。
そんなことがいくつもある。
それもなんだか、悪くない気がした。
完