童話少年-NOT YET KNOWN-
『──うっさいよ、もう』
不意に頭上から声が降って、少年はびくりと肩を飛び上がらせた。
すぐに上を向くとその人物はその視線を待たずに隣にしゃがみ込んだので、彼は再び顔を下ろすことになった。
『なーに、迷子? 名前なんてーの?』
切れ長でお世辞にも良いとは言えない目付きと、乱暴な言葉遣いとは裏腹に、声だけはどこか優しい女の人。
なにより、笑顔が子供のようだ。
『ボーズ、名前は』
感情は薄いが人見知りするほうではなかったのか、早くも少し安心しかけていた少年は、その問いかけに下を向く。
答えたくなかったのだ。
『ね、聞こえてんの?』
『……………………みーくん』
『みーくん? みーくんか、じゃあアタシね、もも』
少年は、顔を上げた。
名前を聞かれて、嫌々ながらも名乗って、また本名を聞かれなかったことなど、今まで一度もなかったのだ。
自分を“もも”と言ったその人は、またあの子供のような笑みで、言う。
『お前あれか、あそこの子?』
ももが指をさした先には見慣れた門とカラフルな看板が見えて、少年はそのときはじめて、自分は遠回りをして最初の道に出ていたのだと、気付いた。
門から走ってくるのは、少年たちが“先生”と呼ぶ女の人。
先生は2人のところに来ると、一瞬ももを鋭い目で見やった。
当時それを見て思ったことなど弥桃は覚えていないが、考えてみれば当たり前のことだった。
どう見てもまともな人間には見えず、むしろ明らかに不良と呼ばれる類の人間が、泣きじゃくる子供の隣にいたのだ。
けれどももに、そんなことをいちいち気に留める様子はない。
『アンタあそこの先生?』
『はい、そうですが』
『みーくん……も、コジなの?』
『えぇ、すみません、勝手に抜け出したみたいで。ご迷惑おかけしました』
先生は警戒を隠す努力もしていなくて、早く話を切り上げてこんな柄の悪い人からは離れたい、と思っているのが、見え見えだった。
しかしももはそんな反応にも慣れた様子で、そして、眉を潜める先生に、あの毒気のない笑顔を向けたのだ。
『ねぇ。アタシ、みーくん養子にする』