童話少年-NOT YET KNOWN-


弥桃の「あ、」という呟きが、紗散の声に掻き消された。
何かを思い出した「あ、」でも何かに気付いた「あ、」でも、何かを閃いた「あ、」でもなく、それは言葉を足すならば「あ、やばい」、そんな意味合いを含んでいた。

そして低い震え声は、激情を無理に抑えつける、つまり彼女が激怒する前兆と言ってもよいものだ。
弥桃の「あ、」には、そんな察知の意味もあったらしい。

「……どういう意味だよそれ」
「そのままの意味だよ。もうやめろよ、僕らが太刀打ちできる相手じゃない」
「…………っおまえ、」

顔を上げた瞬間に、堰を切ったように溢れ弾けた。

「ふざけんなよ! 俺らじゃ勝てねぇって、何だよそれ! やってみなきゃわかんねーだろ!?」
「普通に考えたらわかるだろ? やってみなきゃって、やってみてもし何かあったらどうする気?」
「なんでお前は最初から決めつけてんだよ!? それ諦め良いんじゃなくてただ逃げてるだけだろ!?」
「っ、自分がなに言ってるかわかってんの!? 馬鹿じゃないの、」
「おい雉世、紗散も落ち着けよ」

涓斗はたしなめるが、自分の声が紗散の耳に届くとは、はなから思ってはいなかっただろう。
馬鹿で常に感情の赴くままに生きている紗散が、こんなふうに喚き散らすのは実際いつものことだったし、彼女の考えが常人にとってはくだらない綺麗事だというのも、知っていた。

しかしあくまで、綺麗だ。
良い意味でスレていて、悪い意味で純粋なのだろう。

「お前そうやって、隠し事ばっかで、危ないとか言ってほんとのことなんにも言わないで、俺らのことなんか信用してねーんだろ!?」
「なんでそうなんの!? 君はいちいち単純すぎるんだよ、僕らにそんな力なんかない、」
「俺らが弱いって言いたいのかよ!? 馬鹿にすんじゃねーよ!!」
「いい加減にしてよ!! 弱い強いの問題じゃないって何回言ったらわかるんだよ!!」

もはや、ただの怒鳴り合いだった。
紗散が取り乱すのに触発されたにしても、雉世がここまで感情をあらわにするとは思ってもみなかった2人は、止めていいものかすら迷う。


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