童話少年-NOT YET KNOWN-
つまりは、鬼に捕らえられたヤヨイが、咄嗟にストラップを切って、どこかへ拐われながらも道しるべとしてビーズを落としていったのではないか、と、そういうことだ。
仮に偶然、落ちたビーズを鬼の大きな足が蹴散らしたのだと考えても、少なくともビーズが転がっている方向に進んだ可能性は、限りなく高い。
ヤヨイがいなくなってから、もう1日半は過ぎている。
大人びていて落ち着きがあるとはいえ、まだほんの12歳なのだ。
どんな思いで助けを待っているかと考えると、こうして上辺だけでも平静を見せていられる涓斗の精神力の程を思い知りながら、弥桃は口を開いた。
「けど、涓斗。今日はもう帰ったほうがいいよ」
「……え……でも、」
「おばさんとおじさん、心配するし。明日暗くなってからにしよ」
「…………そんな呑気なこと言ってらんねぇだろ」
相変わらず表情の無いように見える弥桃に涓斗は、もう睨み付けていると言っていい視線を向けた。
一見感情の読めない黒目がちの瞳と、紫混じりの目が右だけ細められて対峙する。
「冷静になってよ」
「弥桃!? 何言ってんの……ヤヨイちゃんに何かあったらどうすんだよ!?」
「待って、紗散。僕も弥桃に賛成だな」
「でも、雉世」
「………………紗散。……いい、もう」
けんと、と、小さな小さな声で呟かれた。
応えを期待しているわけではないのだろうその呼び掛けには反応せずに、涓斗はただ弥桃を見たまま、もう一度言う。
「今日は、帰ろう」
妹を想う兄の眼が、剣呑さを帯びながら、泣きそうに見えた。
たった1人の肉親なのだ。
再び彼の名を呼んだ紗散の声は、今度は囁いたと言っていいほどに細く不安定で、また彼女は人のために泣いているのだと、闇の中でも知らせた。