童話少年-NOT YET KNOWN-


狂ったように暴れる鬼を、弥桃は涓斗を抱えて離れた場所から眺めた。
あってないようなものだった冷静さを完全に失い、左腕を掻き毟る。
今鬼の意識に弥桃たちの存在は欠片もなく、あるのは強烈な痛みと、怒りだけなのだろう。
やはり単純な生物なのだ。

肘には大穴を空けられ、腕は分厚い皮一枚で辛うじて繋がっている。
びちゃり、びちゃりと、時折溢れる血液が、鼓動を証明している気がした。
それがなかったらあまりにも現実離れしていて、まるでCGのアニメーションか、ロボットのように感じる。

「血、…………赤いんだ……」

鬼が転がり悶える姿に、完全に気圧されていた。
自分たちのやったことながら現実味に乏しく、避難のつもりで距離をおいてみた今なおのこと、呆然と眺める傍観者にでもなった気分だった。

ふと、鬼が呻きながらもゆっくりと起き上がり、弥桃たちの間には戦慄と、緊張が走った。
あれだけの傷を負わせたのだ。
怒りに狂った頭で敵と認識されてしまえば、どう反撃にでられるかわかったものではなく、けれど中途半端に想像がついてしまうからこそ、背筋に冷たいものが伝うのを感じた。

咄嗟に臨戦態勢を取った紗散だが、鬼がもはや自分たちを見てはいないことに、すぐに気付いた。

「あれ……なに、やって」
「まさか。鬼道からの、指令……?」

小声とはいえ、あの、身体能力に特化した鬼のことだ。
聞こえていないはずがないとさえ言い切れる音の一切を無視して、腕を引き摺り、立ち上がった。
その姿に、先ほどまでの狂気は感じられない。

そして唖然として彼らが見ている中、そんな視線などないかのように鬼は、のろのろと姿を消したのだった。


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