童話少年-NOT YET KNOWN-


「っ、だぁーー! ちくしょー!」

夕暮れ時の町中にもかかわらず、紗散は雄叫びを上げた。
苛立ちの原因は言わずもがな、彼女のクラスメイトでもある独裁委員長だ。

「くっそ、佐津賀のやつ、偉っそーにッ!」

気持ち良く晴れ渡る春の茜空に向かって吠える、そんな彼女に、その少し後ろを歩く涓斗が片目を細める。
振り上げられた拳が不快だったわけでも、幼さが残った少し高めの怒鳴り声に苛立ったわけでもない。
気分や状況に関わりなく、人を視界に入れる時の、彼の癖なのだ。

「お前うるせーよ、さっきから猿みたいにギャーギャー騒ぎやがって」
「誰が猿だコラ! わんころに言われたかねーよ!」

呆れたように、どこか愉しげに言うその言葉が気に入らなかったようだ。
もっとも、猿みたいと言われて腹を立てない少女など、どこを探したって存在しないであろう。

兎にも角にもひくりと眉を引き攣らせ、紗散は振り向いた。
そんな様子に気付いているのかいないのか、涓斗の口は閉じる様子を見せない。

「お前以外に猿女なんていねーだろ。あーあ、せめて中身もうちのヤヨイぐらい女の子らしかったらよかったのに」

口の端を片方だけ上げて嗤う仕草も、紗散の怒りを増幅させる要因にしかならない。
可愛げのないことを紗散なりに一応気にしているのかなんなのか、逆鱗に触れられた彼女の眼が色を変えたのを、傍観を決め込んでいた弥桃は見た。

「涓斗……てめぇ俺のことをよーく理解してるみたいじゃねぇの。……自業自得って言葉、知ってるよな?」

目を細めて笑う姿は、とても女子中学生とは思えないほど凶悪で強か。


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