ももいろ
いつもは、小説を読んで、疲れたら顔を上げて、人を見飽きたら小説に戻ってというペースだったけど、今日は外を眺めてボンヤリしている時間が多かったようだ。

マスターがホットミルクティーを持ってきてくれた時、

「心ここにあらずってかんじですね」

と声をかけてきた。

「あ…」

「おや。珍しいもの、持ってますね」

マスターは床に置いてあるビニール袋を見て言った。

いつもここに来る時は、仕事用のドレスや洋服を買った帰りだから、大きな紙袋を持っていることが多いけど、今日のあたしの荷物は生活感が溢れている。


洗剤と、柔軟剤。


本屋さんに寄った後、薬局を見つけたので、つい買ってしまった。

「洗濯機、買ったんです」

「あ、そうか。小雪さんが、持って行っちゃったんでしたね」

そう、あたしは司くんに声を大にして言いたい、ずっと家に洗濯機がなかったわけじゃないんだよって。

て、あ!

「マスター、洗剤って無駄遣い?」

「?」

カウンターに戻ろうとしていたマスターは、足を止めて首をかしげた。

「もしかしたら、あの子も買ってたりして。かぶっちゃってたら、怒られるかなぁ」

「あの子?今は誰かと暮らしてるんですか?」

「そうなんです。もう、すっごく口うるさい奴で。布団取り込むの忘れただけで怒るし。服全部クリーニング出してたって言っても怒るし。とにかくすぐ怒る」

あたし、干渉して欲しくないのに。

「小姑みたいなんです!でも、アイツの作るお料理は、すっごくおいしいんです悔しいことに」

マスターはおかしそうに笑っている。

あたし、なんか変なこと言ったかな。

「洗剤は、消耗品だから大丈夫だと思いますよ。それにしても、しばらく顔出さないからどうしてるのかなと思ってたんですが、楽しそうでよかった」

そう言ってマスターはカウンターに戻っていった。

…楽しそう?あたし?

確かに、家に誰かいるってだけで、寂しくはならないけど。

あたしは、ぼんやりと街を行く人たちを眺めた。

別世界。

そう、司くんも別世界の人。

きっと、司くんが持ち込んできてる外の空気が新鮮だから、あたしは楽しく感じているんだろう。
< 31 / 86 >

この作品をシェア

pagetop