蜜林檎 *Ⅱ*
「杏、早くしないと濡れるよ」

杏の見つめる先に、ピアスが
ある事に気がついた樹は
そのピアスを拾う。

「アン・・・」
   
「私、先に帰る」
 
杏が、力を込めて閉めた
ドアの音が、樹の胸に響く。
  
何も問う事をせずに、髪を
揺らして駆けて行く彼女の
後ろ姿は樹を拒絶していた。

樹は、深い息を吐く。

駐車場に車を停めて、急いで
家に戻った樹はソファーに
取り込んだ洗濯物を積み上げて
その前の床に、雨に濡れたまま
の姿で座っている杏を見つけた

樹は、ピアスをテーブルに置き
杏にタオルをかけてあげた後
彼女の肩に手をおこうとした
その時、杏は冷めた瞳で
樹を見つめ問いかける。

「誰のピアス?」

樹は、杏に触れる事ができない

ついさっき、触れた存在が

今は、もうこんなにも
遠く感じる。

「あのピアスは

 マリアの物だよ」
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