蜜林檎 *Ⅱ*
百合は、杏の言葉を受けて
傷ついている樹の事が
心配でたまらない。
 
早く樹に、杏が愛しているのは
貴方だけだと伝えてあげたい。
 
樹の不安な気持ちを少しでも
取り除いてあげたい。

しかし樹とゆっくりと話せる
時間など、今は無い。

今の百合にできる事、それは
遠くから、樹をずっと
見続けていてあげる事だけ。
 
『あの日のイッキが・・・』

そう、百合に別れを告げられて
絶望したあの日と同じ彼の姿が

今、そこにある。

『誰も
 俺に、近づかないでほしい
 
 誰も
 俺に、話しかけないでくれ』

樹の背中が
そう言っているようで・・・

近寄りがたい雰囲気に、誰一人
樹に、声をかける事が
できないでいた。

彼は一人、胸の痛みに染み入る
程のお酒を、次から次へと
飲み干す。
  
百合は、そんな樹を放って帰る
事ができない。
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