蜜林檎 *Ⅱ*
樹の母は、病室の扉を
ほんの少しだけ開けて
中を覗いた。

ベッドに座り、窓の外を
見つめる、わが子の
生きている姿に

彼女は、涙を流した。

もう、それだけでいい・・・
 
病室に戻った二人は、樹の母親
の姿が無い事に気がつき、杏は
勢いよく病室のドアを開いた。

「イツキ」

「杏、どうしたの?」

「貴方の母親だと名乗る人が今
 ここにいらしてたんだけど
 少し目を離したら、どこにも
 姿が見えなくて、帰って
 しまったのかもしれない」

樹は、何も言わない。

「イツキ、聞いてる?」

「いいんだ、ここへ来ても
 俺は、あの人に会うつもりは
 無いから」

そう言って、樹はベッドに
横になった。
  
病室のドアが開き、看護士が
入って来た。
  
「野瀬さん、点滴、外しますね
 
 あら、お母様はお帰りに
 なられたんですね
 頂いた和菓子、後で皆で
 頂きますね
 ありがとうございます」
 
看護士は、空の点滴を手に持ち
病室を出て行った。
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